展覧会
春の特別展「武者小路実篤の1923年」
2023年04月29日〜2023年06月11日

会場
調布市武者小路実篤記念館
観覧料
大人…200円
小・中学生…100円
※調布市在学、在住の小・中学生は、毎週土曜日に無料パスが利用できます
※調布市内在住の65歳以上の方は無料
※身体障害者手帳・精神障害者保健福祉手帳・愛の手帳をお持ちの方と付添人は無料
※「ぐるっとパス」が利用できます
小・中学生…100円
※調布市在学、在住の小・中学生は、毎週土曜日に無料パスが利用できます
※調布市内在住の65歳以上の方は無料
※身体障害者手帳・精神障害者保健福祉手帳・愛の手帳をお持ちの方と付添人は無料
※「ぐるっとパス」が利用できます
休館日
月曜日(祝日のときはその翌日)(翌日が祝日のときはその翌日)年末年始(12月29日から1月3日)※展示室・閲覧室には、休館日のほかに休室日があります
リンク
展示解説
展覧会ごとに、各展覧会会期中に1〜2回、担当学芸員による展覧会の見どころ、作品・資料や実篤にまつわるエピソードなどを解説します。
日時:①2023年5月19日(金)
②2023年6月4日(日)
いずれも午後1時30分から45分間程度
参加費・申込み:不要。当日直接会場へお越しください。
解説:佐藤杏(学芸員)
日時:①2023年5月19日(金)
②2023年6月4日(日)
いずれも午後1時30分から45分間程度
参加費・申込み:不要。当日直接会場へお越しください。
解説:佐藤杏(学芸員)
展示内容
今から100年前の大正12(1923)年、30代後半を迎えた実篤は宮崎県に創設した新しき村で生活していました。雑誌『白樺』『新しき村』『生長する星の群』を主な発表の場としながら、新聞や雑誌への寄稿と連載、単行本の刊行、そして作家人生で最初の全集となる『武者小路実篤全集』を刊行することが決まるなど、文学者としての歩みを着実に進めていました。
私生活では、新しき村の創設を支えた房子とお互いに気持ちがすれ違い、実篤は、献身的に支えてくれる安子への思いを募らせ、二人の女性の間で揺れ動く自らの心と対峙します。そして、年末には安子との間に待望の子どもが誕生し、実篤は念願叶って父となりました。
実りある一方で、6月に尊敬する友人で白樺同人の有島武郎が自死し、また、9月1日には東京と神奈川に甚大な被害をもたらした関東大震災が発生。東京・麹町の実家は地震による火災で全焼。製本を終えて納品を待つばかりの『白樺』9月号は印刷所ごと灰と化し、13年5ヶ月をもって終刊となりました。
禍福ある1年を実篤はどう過ごし、何を思ったのか。実篤の12ヶ月を追います。 【見どころ】 ▷1923年発表の文学作品を一挙紹介
小説、評論、戯曲、感想、詩など、実篤がこの年に発表した作品を紹介。1年間の活動が見えてきます。
▷文学者として歩んだ15年の集大成 芸術社版『武者小路実篤全集』
2月に藝術社から依頼があり始動した全集発行。実篤自ら編集し、岸田劉生が装幀を手がけ、6月から配本を開始しました。東京藝術大学大学美術館と県立神奈川近代文学館が所蔵する岸田自筆の装幀下絵をご覧に入れます。
▷実篤と関東大震災
宮崎に住んでいた実篤は地震を免れましたが、東京の実家に住む母と甥らが被災し、一時は安否が分かりませんでした。家族は無事だったものの、実篤が生まれ育った家は全焼しました。実篤の友人で画家の河野通勢が被災直後の町を描いた版画を出品し、「100年前の被災地・東京」の記憶を後世へ継承する機会とします。
私生活では、新しき村の創設を支えた房子とお互いに気持ちがすれ違い、実篤は、献身的に支えてくれる安子への思いを募らせ、二人の女性の間で揺れ動く自らの心と対峙します。そして、年末には安子との間に待望の子どもが誕生し、実篤は念願叶って父となりました。
実りある一方で、6月に尊敬する友人で白樺同人の有島武郎が自死し、また、9月1日には東京と神奈川に甚大な被害をもたらした関東大震災が発生。東京・麹町の実家は地震による火災で全焼。製本を終えて納品を待つばかりの『白樺』9月号は印刷所ごと灰と化し、13年5ヶ月をもって終刊となりました。
禍福ある1年を実篤はどう過ごし、何を思ったのか。実篤の12ヶ月を追います。 【見どころ】 ▷1923年発表の文学作品を一挙紹介
小説、評論、戯曲、感想、詩など、実篤がこの年に発表した作品を紹介。1年間の活動が見えてきます。
▷文学者として歩んだ15年の集大成 芸術社版『武者小路実篤全集』
2月に藝術社から依頼があり始動した全集発行。実篤自ら編集し、岸田劉生が装幀を手がけ、6月から配本を開始しました。東京藝術大学大学美術館と県立神奈川近代文学館が所蔵する岸田自筆の装幀下絵をご覧に入れます。
▷実篤と関東大震災
宮崎に住んでいた実篤は地震を免れましたが、東京の実家に住む母と甥らが被災し、一時は安否が分かりませんでした。家族は無事だったものの、実篤が生まれ育った家は全焼しました。実篤の友人で画家の河野通勢が被災直後の町を描いた版画を出品し、「100年前の被災地・東京」の記憶を後世へ継承する機会とします。